2016年9月7日水曜日

【 原作で読もう!真田丸 】 ショック!!!「犬伏の別れ」は無かったの? 信幸兄の名演技を返して〜。

 前回のNHK大河ドラマ真田丸「犬伏の別れ」の回は、大泉さん演じる真田信幸兄の「見せ場」となったすばらしい回でした。


 いつも振り回されっぱなしのお兄ちゃんが、


 「わたしは決めました!」



 と、一世一代の啖呵を切りながら、それが引いては真田家の長男らしく、



「真田一族の命運を握る決断」



になっているところが、とても格好良かったです。






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 でも。でもでも。



 ショックです!!!




 あんなにすばらしかった「犬伏の別れ」がどうやら後世の創作のようで、



史実じゃない?!



かもしれないなんて!!




 というわけで、今回の「原作で読もう真田丸」のコーナーは、同時代資料はないので、なるべく古そうな記述から見る真田親子の別れについて調べてみました!







■上田軍記 (「蕗原拾葉」2輯)

 蕗原拾葉は、江戸時代後期に中村元恒という人が信濃に伝わる古い資料を集めたもので、150巻に及ぶ古文書の収集資料です。

 その中から、上田合戦に関わる部分をチョイスしました。

国立国会図書館デジタルコレクション版は
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1116474にあります。17コマ



 ”後之上田陣起之事”
 と題して物語はスタートします。


 慶長5年に、上杉が会津から上洛してこないので、反逆があるのではないかと家康が上杉征伐に向かい始めた所まではドラマとおんなじ(^^


ただし

”昌幸父子三人も此時家康公の供奉として関東へ下向ありしところに”

三成が兵を起こしたことが書状が届いて知ることになります。



そして、三成からの手紙の引用があって 、つぎに三成方の将兵リストがあって、真田親子がどうしたかが書かれています。




☆ まず、治部さまからの手紙がちょっとキュンキュンします。


 宛名欄の最後、追伸欄に

”八月五日


 真田房州

 同 豆州

 同 左衛門介殿

   人々御中
  
 夜中に相調候間落字如何無心元候以上”


って三成さまが書いているのですが、


「夜中に急いで書いたので、誤字など間違いがあるかもだが、許してくれ」


っていう言い訳が、緊急な様子と治部さまらしい人間味が出てて涙でます!!!



 

☆ついでに犬伏の別れと関係ないけど、武将リストがときめくので引用しますね。

 (詳細は、配置人数も載っています)


”  三口への(中略)人数備えの覚


伊勢口

  安芸中納言殿

   秀家

  筑前中納言

  土佐侍従

  大津宰相

  立花左近

  久留米侍従

  筑紫主水

  龍造寺

  脇坂中書

  堀内安房守

  羽柴下総守

 城加番

  山崎右京

  蒔田権之助

  中居式部少輔

  長束大蔵太輔

美野口

  某石田治部

  岐阜中納言一手

  羽柴右京・稲葉彦六

  羽柴兵庫頭

  小西摂津守

  同 与力衆四人

  稲葉摂津守

北国口

  大谷刑部少輔

  若狭少将 同宮内少将

  丹後七頭衆

  但馬二頭衆

  木下山城守

  播磨姫路衆

  越前東江衆

  戸田武蔵守

  福原右馬允

  溝口彦三郎

  上田主水正

  寺西下野守

  奥山雅楽頭

  ・・・・・・” 以下略します。長いから。



 秀家(呼び捨て的な)とか 某石田治部 とか、萌えますね〜。



 ちなみに、戦国時代には、官位もつけず名前呼び捨てが「一番敬意のこもった表現」なんだそうで。


 宇喜多さまがNO.1ってことですね。関ヶ原では、安芸中納言(毛利輝元)をかつぐ形で総大将にするので、本当の意味での主力メンバーが



 ”呼び捨て”秀家と某(笑)石田治部


ってところがやたらリアルです。


 毛利輝元にだけ”殿”がついているのも、心をくすぐりますwww





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 話がとってもずれました。


 肝心な真田親子の別れの部分です。では読んでみましょう。




如是に石田三成が方より謀書を送りければ、昌幸深く思慮を廻し父子の間を引分れて信州上田の城へ引返して籠城ありけり。”




・・・え?



・・・それだけ?



・・・犬伏の別れは?!



・・・おまけに、信幸おにいちゃんの覚悟は?!



 ・・・あっさりすぎるやんけーーーー!!!




 というわけで、たぶんパパは相変わらず計略を巡らし、おにいちゃんは嫁とか舅のこととかいろいろで、離脱したのだと・・・。


 てへぺろ。


  








2016年8月8日月曜日

【 原作で読もう!真田丸 】 出浦昌相はまだ死んでない!復活を希望します〜!の巻。



 日曜日のNHK大河ドラマ「真田丸」は



 秀吉が死んじゃった!


はともかく



 出浦様まで死んじゃった!!!



という大変な展開になってしまいました(><;)



 物語は、真田パパと密談して家康を暗殺しようとした出浦さまが、忍者の本領発揮で家康のところに忍び込んだまではいいんだけれど、



 なんと!真田信幸(洋ちゃん)のせいで見つかる!



というものすごい流れで、結果・・・・




 火遁の術で爆死!!!!



ということになってしまったというお話。





 ・・・ああ、物語前半から真田家の名実共に支えであった出浦さまが死んじゃったので、出浦ロスが激しくなりそうです。



 でも、ちょっとまてよ?!



 史実では、こんな変な所では死なず、信幸あらため真田信之の松代藩までついてゆくはずの出浦さま。


 もしかすると、実は死んでいないのかもしれない!と思い直しました。



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 というわけで、出浦さまの周辺を洗ってみると、なななんと、


「出浦昌相、まだまだ死んでない説」


が出てきたので紹介しておきたいと思います(^^




 そのネタ元は、なんとNHK公式サイトに隠れています。

 

 真田丸サイト インタビュー
 http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/special/interview/interview40.html



 記事は、先日公開されたばかりの「寺島進 独占インタビュー」ですが、ここに面白いリークが載ってました!


 寺島さんいわく(引用です)


”第31回では・・・死ぬような目にあってしまいましたからね。”


”史実では、今後出浦が信幸に仕えるというようなこともあるようですが・・・”


”三谷さんにお伝えしたら『ちょっと考えます』とお返事”



だそうです。





 ということは、ということですよ!!!!




 三谷さん、何か考えているはず!!!



 そして、史実にもある程度沿う形で、出浦さま復活もありえる予感です!!!




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 うーん、終盤までたぶん引っ張りそうですが、あっと驚く再登場に期待できそうです(^^



 というわけで、今回の原作で読む真田丸のコーナーは、


 真田信幸が上田から松代に転封になったときに、信幸(このときは信之)が出浦さまに書いたというお手紙を読んじゃいましょう!



 おぎはら植物園さんのサイトより

 http://www.ogis.co.jp/sanada.html


上田市 デジタルアーカイブさんのサイトにもあります。

 http://museum.umic.ueda.nagano.jp/sanada/siryo/sandai/130001.html




「元和8年10月13日 出浦対馬守宛 真田信之書状」



尚々、我等事もはや老後に及び、万事入らざる儀と分別せしめ候へども、上意と申し、子孫の為に候条、御諚に任せ松城へ相移る事に候 様子に於ては御心易かるべく候 以上




去る十一日の書状鴻巣に参着、披見候

仍って今度召しに付いて、不図参府仕る処に、河中嶋に於て過分の御知行拝領せしめ候

殊に松城の儀は名城と申し、北国かな目の容害に候間、我等に罷り越し御仕置き申し付くべきの由、仰せ出だされ候

彼の表の儀は拙者に任せ置かるるの旨、御直に条々、御諚候


誠に家の面目外実共に残る所なき仕合せにて、今十三日鴻巣に至って帰路せしめ候 先づ上田まで罷り越すべく候間、其の節申すべき事これ在る儀、一角所迄遣わされ候 祝着に候 猶、後喜を期す 謹言



十月十三日 伊豆守 信之(花押)


出浦対馬守殿 ”





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 今回の真田丸にも出てきましたが、この時代の文書は「追伸」やらなんやらがあるので、最初のところはむしろ「追伸」で、これ以上追加がないので「以上」と書いてあるらしいっぽいです。



 ということは読み方はこんな感じに。


”11日に鴻巣に書状が着きましたので読みましたよ。

 今回呼び出されたのは、川中島で過分の知行地をいただけるという話でした。

 松代は名城と聞いていますし、北国の要の要害ですから、将軍様直々に私にお任せくださるとのことで、真田家の面目もたいへんに幸せだと思います。

 13日に鴻巣に来たところなのでこれから帰りますが、 上田に着くまでの間に、この件について段取りをまとめておいてください。まずはめでたいということで。


追伸:私たちももう年寄りになってしまったし、すべてが受け入れられる話ではないけれど、お上の意向でもあるし、子孫のことも考えて松代に移る決心をしました。そういうことで、よろしく 以上


信之より、出浦どのへ”




 追伸のところが重要で、「ああ、松代へ行きたくなかったんだな!」ということがわかります。


 本音が覗いてる。同時に、出浦さまは信幸の信頼が厚かった様子も伝わってきますね!



 ちなみに、鴻巣には小松姫のお墓がある、真田ゆかりの土地です。





2016年7月24日日曜日

ポケモンGOを攻略! ~ポケモンGOに有利な地域・エリアはここ!判明したよ。

 こんにちは。


 さっそくですがハマってます!ポケモンGO!

 

 まだリリースされて数日なんですが、eineさんは、もともと「ポケモン緑」「ポケモン赤」をゲームボーイで遊んでいた世代(ああ、歳がばれちゃう!)ので、



 早くも、はまりました(笑) 



 ところが、eineさんの住んでいる住宅地には、そんなにポケモンが出なかったので、今日は車でいろいろ回ってみたのですが、



 なんと!ポケモンGOに有利な地域と、不利な地域がある!



ということに気づいてしまったのです!


 その理由は簡単。


 ポケモンGOではなんと言っても、まずは



 ポケスポット

(この青い四角いのがボールをゲットできるポケスポット)



に行って、モンスターボールやアイテムを貰わないことには始まらないのですが、このポケスポットの設定箇所に


 ものすごいばらつき


があるのです。



 任天堂の公式サイトでは、このポケスポットの設定場所は「名所旧跡や有名なモニュメントなど」と書かれていますが、今日、eineさんがいろいろ見て回った結果では


■ 駅

■ お寺

■ 神社

■ 公園

■ 市役所・郵便局などの公的機関

■ 史跡・旧跡

■ 石像や石碑

■ 道路から見えるモニュメントや橋の欄干など

■ 銅像など


が、多くの場合ポケスポットに設定してありました。



 で、実際にeineさんが今日ぐるぐる回ったのは


「田舎」

「ちょっと都市部」

「城下町」

などだったのですが、



 なんせやたらポケスポットが散らばっているのはなんと!


「城下町」


だったのです!!!!


 どういうことか説明しますね?



 お城、その中にある神社、武家屋敷、江戸時代の石碑、近くの公園、歴史的モニュメント、公開されている古民家など


 ↑こういうのが軒並み「ポケスポット」になっているので、周囲をぐるぐる歩いているだけで、


 なんと半永久的にモンスターボールを集められるというしくみ。


 回っている間に最初のほうのスポットは回復しますので、また集められるのです!!




 たぶん、任天堂さんは「公の場所をある程度自動でポケスポット化するようにプログラム」しているのだと思うのですが、 今のところは



 人口比とか関係なく、とにかく名所旧跡の集まる城下町や歴史のある街・エリア


が、ポケモンGOにはめちゃくちゃ有利!


だということは間違いないと思います。


 さあ、ボールを集めに行ってくるぞー。



2016年7月16日土曜日

【 原作で読もう!真田丸 】 切腹直前?! 豊臣秀次さまの死の真相はどうなるの?! 原作ではどうなってる?

 こんにちは


 いよいよ、ちょっとにやけなお兄ちゃん。豊臣秀次関白が、大変なことになる回が近づいてきました。


 ああ!放送前に書いているので、三谷さんの脚本ではどうなっているのかわかりませんが、関白殿下が出奔して前回は終わったので、たぶん。



 7月17日の回で、死んじゃうんだろうな!!!


と思ってドキドキです。





 そんなこんなで、関白秀次さまの死の真相を解き明かさないと「きりちゃん」も浮かばれないので、調べてみました。



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 一般的には、実子「拾ひろい」が生まれてから、甥っ子の秀次は疎んじられて切腹させられたということになっている秀吉と秀次の関係ですが、



 NHK大河真田丸では、二人のボタンの掛け違いや思い違いがどんどんひどくなってゆく



様子で描かれていました。



 なので、先週の放送でも、



「全面的に秀吉がひどかったり悪いわけでもなく、あるいは秀次も良かれと思っていろいろ頑張るんだけれど、結果としてすれ違う」


感じでドラマが進んでゆきましたね。





 ところが、近年の研究では、今回のドラマでもそれっぽく描かれていますが、


「秀次、早まって自ら切腹したのでは説」


というのがあるそうです。


 ☆国学院大学の 矢部せんせいの説。
 http://www.sankei.com/west/news/131117/wst1311170012-n1.html





 その記事でも出てくる「御湯殿上日記」をさっそく原作で読んでみましょう!



  文禄4年7月16日の項は


続群書類従 補遺 第三の第八 にあります。



『 十六日 はるヽ。御とうろうの返しあり。めでたしめでたし。しゆこうより御としちかへのかちん。 御まな。御たるまいり候て御さか月まいる。しゆこう。女御。女中。御はんしゆみなみな。御いわゐあり。めでたしめでたし。

 くわんはくとのきのふ十五日のよつ時に御はらきらせられ候よし申。むしちゆへかくの事候のよし申なり。





  前半部分は、なんかお祝いごとがあったらしくめでたしめでたしです(笑)



 ところが、関白殿、昨日十五日の四つ時に



御腹きらせられ候


とあります。


むしち


 は 、横に漢字がふってあって漢字で書くと「無実」なんだって!!!



無実なのに、御腹をお切りになられた



というのが通常の古文の訳ですから、この日記を書いた宮中の女官たちの間では、




「まあ、 関白殿きのう、お腹をお切りになられたらしいわよ!」


「無実だからこそ、そんなことしたんだって。かわいそう・・・。」



という会話があったということなのですね!!!!!





 この説では、むしろ「秀次が勝手なことをしたので、秀吉がそのことに対して激怒して、皆殺しした」という感じになっているので、




 もしかすると明日の真田丸でも、そんなイメージでお話が進行するのかもしれません。




  源次郎や、きりちゃんの心の痛みようが、じりじり伝わってきそうな、明日が待ち遠ししです!!!





2016年7月8日金曜日

NHK大河ドラマ 「真田丸」を原作で読もう! 真田丸ファンのための”原作”軍記物一覧

 こんにちは


 毎週欠かさずに見ているNHK大河ドラマ「真田丸」ですが、ハマってしまって大変です
(><;


 歴代こんなにおもしろい(あるいは、おもしろおかしい)大河ドラマはなかったように思います。


 さすがは脚本を書いておられる三谷さんの腕前なのかな〜、と思って、そういえば原作ってどうなってるんだろう?の謎が深まり・・・。




 というわけで、今回は「真田丸」の原作、出典に当たるだろうと思われる軍記物をリストにしてお届けします。


 数々の名場面がどうなっているのか、ぜひ原典を読んでみてくださいな。





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<前半部分・真田家周辺>

 
 『加沢記』・・・沼田藩右筆の加沢平次左衛門による真田三大記 北条征伐まで

  国立国会図書館デジタルコレクション 加沢記 附羽尾記
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1020961?tocOpened=1





 <徳川家からの視点>


 『三河物語』・・・大久保忠教著 戦国時代から江戸初期までの徳川家伝記

  国立国会図書館デジタルコレクション 三河物語1
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/773094

 2
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/773095


 3
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/773096





<北条氏>


 『北条五代記』・・・三浦茂正著 後北条氏逸話集

 国立国会図書館デジタルコレクション 史籍集覧 第5冊
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431172




 <後半 秀吉中心になってから>




 『川角太閤記』・・・川角三郎衛門著 秀吉逸話集

 国立国会図書館デジタルコレクション 川角太閤記 上
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/899814


  下
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/899815
 


 『太閤記』

 国立国会図書館デジタルコレクション 改訂史籍集覧 第6冊
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3431173

 


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 こうした古典資料に加えて「真田丸」の考証については


 丸島和洋さんのツイッター
 https://twitter.com/kazumaru_cf


で、裏話がたくさん流れてくるので参考になります!






 また、新しい資料をみつけたら追加しますね!



2016年6月27日月曜日

真田丸で読む「世界の政治経済」 ~英国のEU離脱は、まるで真田丸の世界~

 イギリスが、EUから離脱することを決めた、と大騒ぎになっていますが、eineはそれほど世界史が得意ではないので、「世界の重大事件」なのに、意外とポカンと口をあけてTVのニュースを見ています。


 とりあえず、「EUからイギリスが抜けたいらしい」はわかりますが、でも「スコットランドは離脱に反対」だというので、まるで


 賛成の反対なのだ~。バカボンパパ。


みたいになってます(^^;




 あ、そういえば世界史で、イギリスという国は実は無くて、なんか3つか4つくらいの国が合体している「連合王国」だって聞いたな、と思い出したのですが、そういうことを思い出して見ると、




 こ、これって真田丸じゃん(はあと)



ということがわかりました(笑)





 というわけで、「歴史まにあ」ブログとしては、英国のEU離脱を「真田丸」で読み解いてみたいと思います。






【1】 グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国は、つまり信濃小県地方。


 イギリス、といえばひとつの国のようですが、実は4つの国から出来ていて、「イングランド」「ウェールズ」「スコットランド」「北アイルランド」のそれぞれの旧領主が合体して国を作っているそうです。


 真田丸前半では、草刈パパはまだ「信濃小県地方の小領主の一人」でした。



 なので、真田パパ・ 出浦さま、室賀さまなど、豪族が何人かいたわけです。

 厳密には、矢沢のおじさんとか、きりちゃんのお父さんの高梨さんとかも、小領主です。



 それらが、最終的に「真田氏」を中心にまとまっていったのが真田丸の世界。

 一方、「エリザベス女王」を中心にまとまっていったのがイギリス、とすればわかりやすいですね!





 【2】 EUは、「秀吉に恭順して」統一された天下のこと。


  真田パパもずーっと渋っていた「信長や秀吉に従う」こと。でも、「戦無き世」を求めて、また大きな力に引きずられる形で、最終的には上洛して秀吉に従います。


 「滅ぼされない」ということはつまり、「メリットがあるから秀吉に従った」わけで、EUのみなさんも経済的なメリットを信じて合体したということですね。


 でも!


 その分、「本来の領主としては主権を発揮できない(秀吉の言うことを聞かなくてはならない)」わけで、これはEU諸国も、大名たちもおんなじです。


 だとすれば、北条氏のように


 「やっぱり自分たちは独立して物事を決めたい!」


と思う一団が現れても、おかしくはありません。それは経済的なメリットとは別の問題なのです。


(北条氏も、秀吉が優勢なのにあえて逆らっちゃいましたので。感情的な部分だったのか、それとも目算があったのかはわかりませんが)





  【3】 現代は移民問題。戦国~江戸時代は「転封」問題があった。


 現代のEUの問題は、人の移動の垣根がなくなって、豊かな地方に貧しい地方の人たちが移動することでちょっとややこしいことになっています。


 戦国時代の大名たちは、それとはちょっと違いますが「転封」があり、天下統一のせいで転勤させられることがありました。


 たとえば家康。真田丸ではさっそく「静岡」地方から「東京」へ移動させられています。一昨年の軍師官兵衛では、黒田家は姫路から九州へと移動させられました。


 現代のEUの人々は、「それぞれの領土にそれぞれの人がいてくれたら、自分たちに損益がかぶってくることはないのに」と思っています。

 戦国時代の大名は「それぞれの自分たちの領地を安堵してほしい!」と思っています。


 話は違うようで、実は関係あるんですね。






 さて、EU離脱を選んだ英国の人たちは、これからしばらく「篭城戦」ということになるのでしょうか?!


 真田丸では、せっかく統一された天下が、再び乱世へと逆戻りします。


 ヨーロッパも、そうなるのか?!!!


2016年6月6日月曜日

真田丸に「風魔小太郎」が出ないかな〜と期待します。(出ないだろうね) 真田丸と忍者のお話。

 日本全国1億人の「真田丸」ファンのみなさまこんにちは。

 回を追うごとに!と言った方がよいと思いますが、ネット界隈でも大人気のNHK大河ドラマ、真田丸。


 放送日には、BS版6時からと地上波8時からツイッターも関連ツイートで溢れかえるという楽しい日曜日が恒例となってます(^^



 ああ、このままでは真田丸が終わっちゃったら、「真田ロス」になりそうなことったらありゃしませんが、 もうそんな心配をしないといけないほど・・・・。





 ところで、史実とは違いますが、「真田幸村と言えば、真田十勇士」というこれまでのイメージを大事にして、NHK大河真田丸にも、


 いかにも忍者っぽい、佐助


という人物が登場しています。これはもちろん、十勇士の中の「猿飛佐助」をモチーフにしているのですが、甲賀流忍者の猿飛佐助だけでなく、十勇士には伊賀忍者の霧隠才蔵なども登場しますので、忍者感満載ですね!




 一方大河ドラマでは、われらが出浦さまも、忍者っぽく描かれています。手裏剣を投げるシーンなんかも登場しました。




 出浦昌相こと出浦盛清は、清和源氏村上氏の出で、村上義清から武田氏に仕え、のちに真田氏の家臣になります。


 松代藩の家老である河原綱徳が記した『本藩名士小伝』には、出浦さんは「甲州透破」の棟梁であると書かれているらしいので、やっぱり忍者だったのでしょうか?!




 「甲州透破(こうしゅうすっぱ)」
 


 とは、武田氏が用いた忍者集団です。武田氏はこの忍者たちを使って敵方を撹乱したのだとか?!






 ところで、伊賀忍者VS甲賀忍者のように、甲州透破にもライバルがいます。



 それが



  相州乱破(そうしゅうらっぱ)



と呼ばれた、 風魔小太郎率いる忍者たちです。




 風魔小太郎たち「風魔一族」こそ、真田十勇士のようなフィクションの存在ではなく、風魔一党は



実在の人物



(とされている?)なので、ぜひぜひ!真田丸に登場してほしいですね。



 風魔一党は、もともとは「風間」と言いましたが、いつしか風魔と呼ばれたというところもミステリアス!


  北条氏に100年もの間仕えていたというので、絶対北条氏政の近くにも控えているはず!


 
  その風魔一族も、北条氏滅亡によって、盗賊となり、1603年に徳川家に捕らえられて滅ぼされたという話もあるそうです。


 

 
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 そういえば、NHK大河真田丸にはもう一人重要な忍者が出てましたね!


 伊賀越えのあたりで役に立ったんだか立たないんだかよくわからないキャラだった


 服部半蔵



さまです。もう誰がやってたか忘れた人は、リンクをちぇーっく。


http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/cast/hattori_hanzo.html 


↑あー、いたいた。思い出した!


 
 実はこの服部半蔵家が一番長く続いて、明治になるころには桑名藩の家老だったそうです。


 ぜひ、服部半蔵さんも、再び登場を願ってます!